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本日は前日のお酒飲みすぎにより二日酔いから始まりました。めっちゃ頭痛いし、めっちゃしんどい。ですが今日ですが、昼過ぎから那覇市からうるま市に行きます。

今回は学生時代からの友人に沖縄を案内してもらえることになりました!ありがたい…最近、自分の中でヒッチハイクの熱量が高いので、ヒッチハイクでうるま市まで行こうかな…と前日まで思っていましたが、体調不良によりさすがにバスで行くことにしました
現在は那覇市内にいるので拠点の近くのバス停から1本乗り、降車したバス停で10分ほど次のバスを待ってから、高速バスに乗り換えうるま市へ


1本目のバスは古波蔵駅から国場駅までで280円。 2本目の高速バスは国場駅から沖縄北IC駅までで1130円でした。まず降車した沖縄北IC駅最寄りのセブンイレブンにGo!めちゃ体調不良でしたが、さすがにご飯は食べておかないと、ということで、おにぎり1つとミニ冷し中華を1つ。そしてコーヒーを購入

ご飯を食べ終わり、友人と合流。今回は友人が車を出してくれることになりました
本当にありがとう!ということでこれからの方向性としては、うるま市を北上します!目的地は決めていませんでしたが、今日の目的地は古宇利(こうり)島に決定!沖縄旅では島巡りをしている僕のために古宇利島まで行ってくれることに!古宇利島についての事前情報がないままですが、全てを友人に委ねドライブ開始!最初に訪れたのは恩納村(おんなそん)にある「おんなの駅」です。ここではぜんざいを食べました!

沖縄の「ぜんざい」は、いわゆるイメージしていたぜんざいとは全くの別物。一言で言うと、「山盛りのかき氷の上に甘く煮た豆がのったひんやりスイーツ」。今まで食べたことのあったぜんぜいと全く違う沖縄のぜんざいにびっくりしながら頂きました
他には沖縄の野菜を見たりフルーツを見たりしました。フルーツ販売コーナーでフルーツを見ていると、バナナの試食をやっていました
そこで試食としてバナナを1つ頂きました。頂いたのはアップルバナナ。本当にアップルを食べたような味。本当にアップルを感じるバナナなんですね


そして野菜コーナーには北海道ではあまり見たことのないような野菜もたくさん売っていました。今度食べてみよう!



沖縄ぜんざいを食べ終わり、野菜を見て、いよいよ古宇利島に向かいます
古宇利島のに行く途中に2つ島を通りますが1つは奥武(おう)島。そして次は屋我地(やがじ)島。

2つの島を通り、古宇利島にたどり着きます。沖縄県島巡り2島目は「奥武島」、3島目は「屋我地島」、そして4島目は「古宇利島」です!古宇利島に到着して駐車場に駐車しました。

わかりませんが、少し歩くと階段があり、さらに階段を下ると観光客の方々が増え、ビーチが見えてきました

古宇利島に到着し、まずみんなが集まるこちらのビーチ。ハートの形をした岩。ハートロックが有名なようですね!パッと見た感じ、韓国からの観光客の方がたくさんいたイメージ。砂もかなり綺麗。今日は少し波があったし、海水が少し冷ためのようであまり海に入っている人を見かけなかったですね。
そして帰り際ですが僕たち止めた駐車場が300円でした。もうすこし奥に車を進めていくと、パーキングの看板と200円という文字があったりもしたので、もしかしたら300円より安い駐車場があるかもしれませんね。この時5,000円札しか持っていなかったので両替をしに行きました。ブルーシールのお店を発見したのでそこでお金を崩すことに!ここでオーダーしたのはウベ味!友人がウベを勧めてくれたのでウベを購入。ウベ味はめちゃくちゃおいしかったですね。絶妙な甘さとウベを感じるとてもおいしいアイスでした
ぜひブルーシールを購入する際は、ウベ味、食べてみてください!

そして帰り際はちらっと「古宇利島の駅ソラハシ」へ。ここに売っていた商品ですが、おっぱ牛乳って知ってますか?沖縄にある牛乳なのかな…?今回はお腹いっぱいなのもあったので、今度飲んでみることにします


そして次は読谷の方へ向かいます
そろそろお腹が空いてきたので、ご飯屋を探すことに!訪れた場所はA&W。皆さん知ってますか?地元民はエンダーと呼ぶそうです。結構こういう地元での呼び方って知れるの嬉しいんですよね(笑)!僕は人生初エンダーに行き、こちらをオーダー。



めちゃめちゃアメリカンを感じる店内。僕は初めてA&Wに行きましたが、とても気に入ってしまた…ケチャップはこちらの機械を使って出すみたい!おしゃれ…

ちなみにA&Wのオレンジジュースはどこか独特な味わい。1口目は普通のオレンジジュース。甘味料少し多めのオレンジジュースって感じの味わいですが、後味が本当に初めて感じる味わい。なんだこれは?それがA&Wのオレンジジュースらしい。ホットドックもドリンクも他にも魅力的なものが多かったので、また行きたいと思います
ということで今日は快活に行って終了です。

明日も島巡りが続きます!沖縄本島に台風が近づいていて、県民から自宅待機の雰囲気を各所から感じています。明後日ぐらいに台風が直撃するそうなので、明日いっぱいは楽しもうと思います
本日もご視聴ありがとうございました
次回もお楽しみに!
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今回は那覇市内から15kmほど離れている久高(くだか)島へ行く日の様子をお届けします!沖縄に来てから初めての島巡り旅!なぜ久高島へ行こうかと思ったかというと、僕の中高時代の友人が昔、久高島に行ったことを教えてくれたからです。ただそれだけ。そんな経緯でリクに「久高島に行きたい!」と伝え、行くことが決定。さらに沖縄に来てから、なぜかヒッチハイクをしている友人がとてもとても多かったので、僕も「ヒッチハイクしてみたいなー」なんて思っていました。学生時代にも一度はヒッチハイクをしてみたいと思っていたけど、なかなかできていなかった…ということで今回久高島へは、人生初の日ッチハイクで行くことに。目的地は安座間(あざま)港
ここから久高島へのフェリーが出ています!距離は22km、車で行くと45分。

ということでひと足さきにセブンイレブンへ向かっていたリクとのセブンイレブンで合流。そこには大分県からやってきたナオキもいて2人と集合しました。少し話してからセブンイレブンの少し手前からヒッチハイクをスタート!
そういえば先日訪ねたジムマジックバーでよくヒッチハイクをしている友人からヒッチハイクのコツを聞いてきました。なのでこの記事を見てヒッチハイクをしてみてくなってきているそこの皆さまにそのコツを共有したいと思います!
①信号のちょっと手前に立つ
これは赤信号になった時に声をかけてくれる可能性があるということらしい。
②微動だにしない
これは確かにジッとしていた方が見てくれる?のかな?
③Uターンができそうな道を見つけてそのあたりで待つ
一度ヒッチをする人を見つけたら、ちょっと考えて、Uターンで戻ってきてくれるかも…?ということみたい。

これらのアドバイスをもらったので、アドバイス通りにスタート。Uターンできそうな道路は見つけられなかったのですが、信号のちょっと奥にローソンの駐車場がある場所を見つけたので、そこからスタートしました。開始時刻は10:03。今日は大分から来た友達のナオキも見守ってくれました。福岡経由で沖縄に来たらしく、通りもんのお土産をくれました!ありがとう!

そしてヒッチハイク開始から15分。その時は急に現れました。左側から男性が歩いてきて
「(男性)お兄さんたち何やってるの?」
「(れお)今ヒッチハイクをしてるんです!」
「(男性)お兄さんたちどこまで行きたいの?」
「(りく)南城方面に行きたいんです!」
「(男性)途中までで良ければ乗っていっていいよ!」
「(れお)えっ!いいんですか!ありがとうございます!」
そんな会話を一通りしてから、この優しいお兄さんが僕たちを拾ってくださいました!この時の感情ですが、この優しさに心の底から”嬉しい”と感じました。この嬉しい感情は安座間港に着いてからも当分続くくらい嬉しかったです。このお兄さんは”ミーツーさん”と言います。
あまり大きな声では言えませんが、絶賛仕事中の時に僕たちを見かけて捕まえてくれたみたい(笑)。僕たちのことを一度見かけて、もしその場所に戻って(Uターンしてきて)僕たちがまだいたら捕まえてあげようと思ってくれたそうです。見つけて戻ってきてくださって、ありがとうございました!そしてミーツーさんの車に乗って南城方面へ向かいます。
道中色んな話をしました。「実際沖縄県民はジャングリアについてどう思ってるのか?」「県外の人が思っている、”これぞ沖縄”と言われる料理は実際に県民は日々食べているのか?」「おすすめの飲み屋」などなど。例えば沖縄にできたジャングリアは地元民は行く人がかなり少ないということでした。建設当初は、「なんであんな場所(今帰仁村)に作ったのかなぁ」という声があったよう。ちなみにミーツーさんの周りの方も誰も行ったことないらしい。
「県外の人が思っている、”これぞ沖縄”と言われる料理は実際に県民は日々食べているのか?」についてですが、沖縄そばやもずくといった料理は食べるよう。ヤギ汁はクセがありすぎてミーツーさんは全くと言っていいほど食べないらしいです。あと正直知らなかったのですが、タコライスはThe沖縄料理らしい。タコライスは全く頭になかった(笑)。ご飯の話の流れで、知れて嬉しかった情報です!
そういえば皆さん、「センベロ」って言葉知ってますか?「センベロ」は「千円でベロベロに酔える」が由来みたいです。沖縄のいろんな居酒屋にあるようですが、1,000円アルコールを3杯-5杯飲めて、さらに一品ついてくる、そんなシステムのよう。ネットで調べてみた感じ、沖縄発祥の文化ではなく、東京発祥のようですが(諸説あり)、沖縄では様々なお店で「センベロ」の看板があるみたいです。センベロについてはまた別の記事でも取り上げているので見てみてください!
そうこうしているうちに、スケッチブックに書いた南城(なんじょう)市に到着!ですがミーツーさんはご厚意で南城市を超えて、僕たちの最終目的地の安座間港まで送って下さることに!ありがたい…そんなミーツーさんに南城市のイメージを聞いてみました。南城市は田舎なイメージらしい。車内から外を見渡してみると、バナナ農家があったり、農地があったり…確かに中心地からは少し離れたような印象を受けました。南城市をMapで調べると面積的にはすごく大きく見えたので、栄えている町なのかなぁと思っていましたが、県民からすると南城市は用事がなければ行かないとのこと。そしていよいよ人生初のヒッチハイクも終わりを迎えます。僕たちの最終目的地の安座間港に到着
ミーツーさん、お忙しい中送ってくださり本当にありがとうございました

(投稿許可頂きました) ということで今回は人生初のヒッチハイクの様子をお届けしました!ヒッチハイクを行った目的は、安座間港に行って、そこからフェリーで神の島と呼ばれる久高(くだか)島へ行くこと。その様子は別の記事でお送りしようと思います!ぜひお楽しみに!本日もご視聴ありがとうございました
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今日は香川県から沖縄県まで移動したときの様子をお届けします
香川県三豊市の荘内半島にある拠点から丸亀駅へ友人のけいさんに送っていただきました。けいさん、お疲れの中送ってくださりありがとうございました
港町の荘内半島には1ヶ月ほど滞在し、船に乗って島に行ったり僕が滞在した場所の逆側にあるビーチが綺麗で有名な父母ヶ浜に行ったりと、様々な学びと経験のあった1ヶ月間でした。この場所にはこれからバンライフで使う車を置かせていただいたので、沖縄旅が終わった時にまた戻ってくることになります。また2-3ヶ月後に
ということで丸亀駅から23:13発の夜行バスに乗り、約8時間をかけて福岡県博多駅にまいります!それでは香川県丸亀市→福岡県博多市→沖縄県那覇市の移動の様子をお届け!スタート!


バスの車内は縦に3列。それぞれカーテンで仕切られていて、僕は真ん中の列でした。なかなか通路が狭いのと、すでにほぼ満席のバス車内。乗客の方々を起こさないように、そっと席に着きます。身の周りの荷物を整え、イヤホンをしてそこからは全く記憶がない…イヤホン越しになんかアナウンスが鳴ってるな…イヤホンを外すとどうもトイレ休憩のよう。椎間板ヘルニアを発症しているので、ずっと座りっぱなしはまずい。とりあえず降車してみることに。「(れおの心の中)ってかここどこ?」自販機の上には「鴻ノ池 KOUNOIKE」の看板がありました。

調べてみると岡山県。えっ岡山県経由だったの?香川県丸亀市から福岡県博多市への高速バスは岡山県経由だったみたい。疲れ過ぎてたのか、降車したこの辺りの記憶はあんまりないけど、岡山県で降車したことにビックリしたのと、なぜか岡山県に来れて嬉しかったのだけ覚えてます(笑)

トイレ休憩から戻ってきて、バスに再乗車。ここからもまた記憶ないですね(笑)。腰痛を気にしながら、起きたり寝たりを繰り返していたら、気づくと博多駅バスターミナルに到着していました。博多駅で何人か降車している中、急いで痛み止め摂取。降車してついに初福岡県に降り立ちました!

到着予定時刻より少し早く7:30ごろに福岡県博多市に到着!初福岡県なのでワクワクしたいはずが、疲労で頭が働かずよくわからん感じで到着。香川県では腰痛の影響で髪が一度も切れなかったので、早く髪が切りたい気分。これから博多駅内で髪切ってきます!

ここで1つ!福岡駅前に銅像を発見してしまいました
世界旅をする中で、施設の前とかにある謎のモニュメントを見つけると、なんでそこに、そのモニュメントがあるのか気になってしまう病を患ってしまいまして、こちらも気になったので調べてみました!博多駅前に佇むこちらはヘンリー・ムーア氏の『着衣の横たわる母と子』という作品です。ちなみにヘンリー・ムーア氏は「20世紀を代表するイギリスの彫刻家」であり、現代彫刻の歴史を大きく塗り替えた方です。世界中の大都市の広場や美術館、公園に彼の作品が設置されているみたいです。なぜこのモニュメントが設置されているのでしょうか…



まずは福岡市は1989年に大きな節目を迎えました。「市制施行100周年」というお祝いの年です。「この記念すべき節目に、世界に誇れる一流のアートを市民の財産として街に遺そう!」という計画が立ち上がったのが始まりのよう。驚くべきことに、この像の購入資金(2億円以上)の多くは、行政の予算ではなく地元の企業や市民一人ひとりの寄付・募金によって集められました。まさに「福岡の人の熱意と愛情」によって街に迎え入れられた像ですね。さらに設置されたのは1988年のクリスマスイブ。九州最大の玄関口であり、毎日多くの人が行き交う博多駅前に置くことで、「博多を訪れるすべての人や旅人を、母親のような大らかな愛で温かく迎え入れたい」という願いが込められているみたいです!
そして次は福岡県出身の友人に教えてもらったラーメン屋さんへ
朝、博多に着いて、14:00ごろ沖縄へ向け博多空港から出発なので、近場でおすすめのラーメン屋さんを教えてくれました。それはShinShinというラーメン屋さん。開店前から行列で、僕たちは2回転目で店内へ入ることができました。


ここではまずはShinShin初心者なので「博多ShinShinらーめん」と「明太チャーハン」というThe福岡のメニューを堪能しました!どちらもすごく美味しい!どちらも味は濃いめでお腹が空いていたこのタイミングには最高の味でした!ShinShinは福岡市の天神(てんじん)が発祥のラーメン店のよう。次福岡にきた時は天神にも行ってみよう



ということで博多駅から福岡空港まで地下鉄でGo
こんな感じで香川県から出発した移動もついに終了!

そして沖縄県に初上陸!ハイサイ!空港にも歓迎され、無事到着することができました。沖縄ではどんな出会いや学びがあることでしょう!沖縄についてようやくワクワクしてきました!これからも沖縄での何気ない日々の様子や学びをどんどんシェアしていこうと思います!ぜひお楽しみに!本日もご視聴ありがとうございました
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今日はベトナム料理屋in沖縄の日でした。旅の相棒のリクの影響でいつの間にか、47都道府県のベトナム料理屋に行こうというのが定番になりつつある全国ベトナム料理屋巡り。家からベトナム料理屋に向かう道中、オリオンビール総代理店がありました。沖縄といえばのオリオンビールの総代理店。

ここから各料理屋にビールが輸送されてるのかな…?ってな感じで腰痛と戦いながらも、30 分ぐらいかけてベトナム料理屋に行きまして、ベトナム料理屋入店。この店のドアは開くのが超遅い(笑)。入店前からいきなり爆笑。


こちらが今回のメニュー。やっぱりバインミーも食べたくなるけど、今日はフォーがどうしても食べたかったので、フォーを即オーダー。あとはベトナム在住歴3年のりくにお任せ。届いたのはフォーとチキン、 ライスペーパーのネムヌン、ビールなど…メニューを見てるとその中に甘いコーヒーのバクシウがあってテンション爆上げなので、食後にオーダー予定。






ベトナム料理屋は高知県に引き続き日本旅中2店舗目!ベトナム料理屋の店内は大体どこも同じ感じの内装でベトナム現地を思い出しちゃいますね!

今回の料理、個人的ベストは…やっぱりフォーでした!!!最高やね。ということで次は学生時代からの友人のマジックバーに向かいました!

ベトナム料理屋からマジックバーに向かう道中は雨が降ってましたが、ゆいレール(モノレール)を使ってマジックバーへ。沖縄に来てからずっと地上から見ていたこのゆいレール。乗る機会がなくて乗れていませんでしたが、ようやく乗れるということでかなりテンション向上。安里(あさと)駅から旭橋(あさひばし)駅まで乗車。

初ゆいレール乗車。モノレールはどこかディズニーを想像してしまいますね。このゆいレールを乗っている中で、なぜ沖縄にはモノレールがあるのか疑問の思ったので調べてみました。


那覇市は一見平坦に見えますが、実は坂道がとても多く、首里城に向けて標高が高くなってるよう。普通の電車は鉄の車輪と鉄のレールは摩擦が小さいため、急な坂道や急カーブが苦手。一方モノレールはゴムタイヤで走るため摩擦力が強く、普通の電車では登れないような急な坂道や、ビルをすり抜けるような急カーブにも柔軟に対応できる。
那覇市の中心部はすでにビルや住宅が密集しており、地下を掘るとなると立ち退きや大規模な工事が必要になる。さらに沖縄の地盤(琉球石灰岩など)を地下深く掘り進める工事は、モノレールを作るよりも遥かに莫大なコストと時間がかかるため、現実的ではなかった。
モノレールは、すでにある国道や県道といった「道路の真上の空間」に支柱を立ててレールを敷くことができる。これなら、土地を新しく買い占める必要が最小限で済み、車社会の沖縄において道路をこれ以上狭めることなく、渋滞に巻き込まれない新しい交通網を作ることができた。
後日地元の人にも聞いてみたけど、やはり車社会の沖縄。この沖縄という地域の交通網をより円滑にするには、道路の真上の空間を活用すべくモノレールを建設することが最善策だったようです。ゆいレールの建設は2003年。2003年の開業当初は「那覇空港駅」から「首里駅」までの12.9km(15駅)でしたが、2019年10月に首里駅から浦添市の「てだこ浦西駅」までの4.1km(4駅)が延伸され、現在の全長17.0kmで駅数は19駅。那覇空港駅から終点までを約37分で結んでいるようです。
またさらに違う方にもこの「ゆいレール」や「沖縄の交通」についても聞いてみましたのでそちらをシェアします!Aさんは沖縄には米軍基地があり、その基地を囲うように道路があるため、当たり前ですが米基地を横切ることはできず、そのためその辺りではある一定の時間に渋滞になるそう。交通や地形を見ながら街を歩くと、その地の歴史や文化などを知れますね!
旭橋駅に到着してからは徒歩数分でマジックバー。一緒に学生時代イベントをしていたメンバーの1人ですが、彼が昨年マジックバーを開業し、今沖縄でマジックバーをしています。沖縄に来たら絶対に行きたかった場所なのでテン上げです!早速行ってみましょう!

バーの中には「恩送りチケット」というシステムがあり、誰かが送ってくれた「恩送りチケット(ドリンクチケット)の中から、1枚チケットを頂きドリンクを飲むことができます。恩送りチケットの中にはたくさん知り合いがいて、その中から知り合いの方の名前を見つけたので、そのチケットでドリンクを頂きました!今度その方に会うときにはお礼を言いに行こうと思います!



頂いたチケットの中には裏面にメッセージが書かれてました。僕の頂いたチケットの裏面には「楽しいは正義」というメッセージ!まさに今の僕の背中をさらに押してくれるようなこのメッセージ。とても嬉しいお言葉でした!

この「恩送りチケット」にはそれぞれ送ってくれた方からのメッセージが書かれており、他にも勇気づけられるメッセージがあったのでシェアです!ONE OK ROCKの歌詞のようなメッセージ。

マジックバーではマジックを披露してもらい、目の前で見ているにも関わらず全くタネが分からず、毎回アホみたいに驚かされました(笑)。店内にはピアノがあったりギターがあったり最近音楽不足だったので楽しく弾かせてもらったり…隣にいた男の子は世界の国歌を歌えるようで、僕が昨年行ったフランスの国家やロシアで誰もが知っているらしい有名な歌を歌ってくれました。彼は「革命」好きのようで特にソ連の話、アルバニアの話、フランスの話など色々話できてすごく楽しかったです。彼はまだ大学1年生のようですが何かに熱中することほど強いものはないなと感じる刺激ある日になりました。ということでこの日はたくさん刺激と学びにある1日でした!念願のマジックバーにも行くことができてよかったです。
本日もご視聴ありがとうございました
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この日は部屋から外に飛び出し散歩に行きました。椎間板ヘルニアの影響で毎日薬を飲みなかなか厳しい生活を送っていますが、やはり家の中にずっといるのは厳しく、外で光合成をしなければ…と思い散歩へ。そのため徒歩15分ぐらいの距離ですが、痛み止めの薬を飲んで、頑張って散歩に行きました。散歩してて思ったことはやっぱり日々の生活には光合成は大事だなっていうことなんですけれども、良い場所を見つけてしまったので、そこに座ってチルすることに。

座った場所の目の前はモノレールが通ってました。何線なのか調べてみると、「ゆいレール」というらしいです。このモノレールは円を描くように一周しているわけではなく、一本で往復するように続いているそんなモノレールです。また今度乗ってみたいなと思いますが、今日はそのモノレールの車外広告が何種類もあって面白かったので、今回はただそれを記録として載せる日です!






この「ゆいレール」は那覇市内を通ってるようで、多分みんな使ってるんでしょうね。そしてパッと見上げるとゆいレールの奥にはJA会館がありました。こうしてJA会館を見てしまったので、ちょっと「JAおきなわ」について調べることに。それも記録していこうと思います。
本当であれば今回、腰を怪我しなければ、農業だったり漁業だったり、一次産業にたくさん触れて、学んで行きたいと思っていましたが、腰をだいぶ怪我してしまったので、ひとまずはこのJA会館を見たというご縁でJAおきなわについて調べることに!調べる前の沖縄の果物のイメージはマンゴーであったりパイナップルであったり南国フルーツ、そんなイメージがあります。実際は何が有名でどういった農業が盛んなんでしょうか。

調べてみるとやはりマンゴー・パイナップル・シークヮーサーなど…シークヮーサーは沖縄に古くから自生する野生の柑橘類で、名前の「シー」は酸っぱい、「クヮーサー」は食わせる(加える)という意味を持つよう。
さらに調べを進めていくと、沖縄のフルーツが「産業」として本格化したのは明治時代以降らしい。1888年(明治21年)に小笠原諸島から石垣島へパイナップルの苗が導入されたのが始まりとされている。その後、大正時代にかけて台湾から入植した人々によって、より優れた品種や栽培技術、そして缶詰加工の技術がもたらされ、沖縄本島北部(やんばる)や八重山地方を中心に一大産業へと発展していったそうです。さらに「JAおきなわ」についても調べてみました!
沖縄県内のJA(農業協同組合)は実はたった一つに統合されているらしい。街で見かける「JAおきなわ○○支店」の看板。実はこれ、県内すべての地域を一つの大きな組織が運営している、全国的にも極めて珍しい体制のよう。
では、なぜ沖縄だけがこのような「県内1JA(単一JA)」という道を選んだのか。そこには、離島ならではの厳しい現実と、それを乗り越えようとした農家たちの強い決意がありました。かつては沖縄も、他の県と同じように地域ごとに小さな独立したJAが存在していました。しかし、離島を多く抱える沖縄には、本土にはない過酷な課題がありました。
◉地理的なハンデ(離島): 小さな島々が点在し、農作物の輸送コストが莫大になる。
◉経営不安定: 台風一つで農作物が全滅すれば、その地域のJAの経営は一気に傾く。
◉小規模組織の限界: 小さなJAでは、肥料の仕入れコストを下げたり、最新の流通システムを導入したりすることが困難だった。
「このままでは沖縄の農業は、そして離島は守れない」
そう危機感を募らせた関係者たちは、2002年(平成14年)4月1日、前代未聞のプロジェクトを断行しました。県内すべてのJA(27組織)を完全に一つに統合し、「JAおきなわ」を誕生させたのです。これは、単なる経営合併ではなく「どんなに遠く、小さな離島であっても、そこに住む農家を決して見捨てない」という、相互扶助の精神に基づいた歴史的な大英断でした。
この統合によって、「JAおきなわ」は強力な「強み」を手に入れ、沖縄の生命線となりました。
◉規模のメリット: 一つの巨大組織として、肥料を安く大量に仕入れたり、最新の巨大な流通施設を導入したり、情報の格差をなくしたりすることができるようになった。
◉相互扶助(離島への支援): 本島など経営が安定した地域の利益を、輸送コストのかかる離島地域のインフラ維持に回すことができます。
那覇市にある「JA会館」は、こうした県内すべての農家の力が一つに集約された象徴と言えるとのこと。本日は散歩から「ゆいレール」についてと「JAおきなわ」について調べてみました!沖縄滞在中は日々の生活から気になったことを記事にしていこうと思っています!ぜひ楽しみにしていてください!本日もご視聴ありがとうございました